この記事を見ている方のほとんどの方は植村のことを知っていると勝手に想像しています。
この記事はswitch2に来たかったけど、どうしても来ることができなかったという方に向けて書いています。
会場に足を運んだ方にとっては書き手の主観が存分に入りますので、自分が感じたことと照らし合わせつつ、ご自身の感じたことを大切に保管してください。
2023年12月5日
09:00
運営スタッフは慌ただしく準備に取り掛かっていた。
場所は大久保にあるウェスレアン•ホーリネス教団 淀橋教会。
今回の演出は植村企画D.D.A.主催のD1スター育成プロジェクトの本戦5回全ての演出を手がけた林保弘氏。そして音響、照明などの業者の方も同じくお世話になった方々とのこと。このイベントの本質を少しでも理解してもらえるチームが裏方をになっていた。
整理券の受け取り開始が13時00分と告知されていたにもかかわらず、少数の人が朝9時から並び始めていた。少しでも早く、前の席で植村と向き合いたいという気持ちがそうさせているのだろうか。
にしても、早すぎではないか。空を見上げると気持ちの良い晴れ模様。整理券受付の時間ともなると多くの美容師の方が並び始めていた。この日を長く待ち望んでいたかのように。
16:30
座席指定開始、入り口前には寒さのなか多くの人が並んでいる。
いよいよ教会のドアが開かれた。
受付を済ませ、会場の地下にあるエキシビションルームへと向かう。
次第に聞こえてくる植村の声に懐かしさを感じるのか、背筋を正す人もいるのか、その両方なのか。
エキシビションルームでは生前の植村の映像が流れていた。
そこに映る映像は今もなお鮮明に思い出せるヘアショーがあり、アシスタントの時にステージ袖から見ていた時のこと、セミナーでアシスタントとしてついていった時のものがあり、当時の準備に大変だった時期を思い出す。そう寝れなかった時代の思い出だ。今の時代だとパワハラだ、コンプライアンスなどと罵られるであろう限りなく黒に近いグレイといったところか。でもそんなダイレクトに成長を感じられるダークグレイは嫌いではなかったのも事実だが。
記憶の中の植村の存在は自分よりも年上で、でも映像に映る植村は今の自分よりも若い。映像からはデザインへの真剣さがひしひしと伝わってくる。とにかく熱く、若い植村がそこにはいる。
とにかくデザインの原理をひたむきに伝えようとしている、デザインする術を伝えている、ヘアをそして人をデザインしている、全てがデザインという一つの情熱という塊を見えない何かにぶつけているように。
ヘアショーの音、ハサミの音、ドライヤーの音、そこには植村の複数の声が重なり合い、コンテンポラリーアートのエキシビションさながらの空間となっていた。
5〜10分くらいの映像がループ再生されている映像を、何回繰り返し見ていたのだろうか。アシスタントの時に見た植村のヘアショーでのカットステージは今でも心震えたことを覚えている。客席ではなくいつもステージ袖から、または舞台下からいつも近くで見ることができた。見ながらいつも脇汗をかいていた。でも映像からは、過去に見た時の興奮とは違う映像作品としての美しささえ感じる。
全ての所作に無駄がなく、ハサミの1開閉すら計算されているかのようにも感じる。
ライブが記録された映像なはずなのにそこには、質と完成度、そしてデザインが表現されていた。ゆえに、エキシビションルームを訪れた美容師の方達はループされる映像を何回も見ることができたのだろう。
17:40
エキシビションルームから本会場に上がると、生前のセミナー中の植村の声がBGMとして聞こえてくる。昔、セミナーでは早口すぎてメモを取ることができず、聞き取ることだけに集中せざるおえない状況だったことを思い出す。天井高い教会に聞こえる声はこれから始まるステージにむけ会場の一体感を作っている様に感じた。
18:00
開演
「『人は2度死ぬ』1度目はその人の命が尽きた時、そして2度目は残された人の記憶から消えた時。」今回のswitch2の発起人でもあるガモウ関西・藤本会長の挨拶のなかでとても印象的なワードだった。
植村の存在を知らない人は当然いる。忘れられない人はどれくらいいるのだろうか。
「美容師の本質とは何か、みなさんと今一度考えることのできるイベントになればと思います。」と会長は続けた。
次に、
植村のヒストリーをまとめた映像が流された。
VIDAL SASOON
DADAオープン
原宿クエストでのショー
デザイン改革1095
DADA DESIGN ACADEMY開校
D1
演奏:藤本陸斗氏
楽曲「戦場のメリークリスマス」(坂本龍一)、ピアノでの生演奏。
1998年DADAが初めて東京原宿でヘアショーを行い、植村がデモストレーションの際に使用した曲でもある。
…
いよいよステージの始まりだ。
まずは、、、、
植村のDNAを受け継ぐ2名のアーティスト。
受け継いだものとは、、、、
古城 隆 DADA CuBiC
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鳥羽 直泰 VelO
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そして
植村の作品と対峙した3名のアーティスト。
山下 浩二 Double
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計良 宏文 SHISEIDO
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岡村 享央 MINX
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5人それぞれが、ステージの上でデザインすることと向き合った。
5人はおそらくこの日まで植村と向き合ってきたのではないだろうか。
植村から「大切なのはプロセスではなく結果だ」と昔よく言われた。
プロセスも大事だよ、と心のどこかで反抗していた自分が昔はいた。どんなに頑張ろうが、質の高いものができ上がらないとそこにプロフェッショナルはない、と今になって強く感じるものがある。5人のプロフェッショナルたちは、ステージパフォーマンスで、気持ちで、そしてヘアデザインで客席の美容師に結果を見せた。
それぞれの世界観が溢れんばかりにこぼれ出し、50分というただカットを見るだけの退屈に感じることを懸念した時間が嘘のようにあっという間に終わった。それが、これまで熱意をもってクリエイティブと向き合ってきた、ステージに立つことのできる選ばれしアーティストたる所以なのかもしれない。
…
植村をよく知る人の言葉から、会場で時間を共有した人たちは何を感じただろうか。
デザイン改革1095で共に美容業界に革命を起こしたいと植村と共に立ち上がった吉田隆司氏(snob)。「生意気だったんですよ、僕たち」美容業界に衝撃をもたらした人だからこそ言える言葉である。この会場に来ている美容師の中にもこの革命を目の当たりにしていた人が少なくはないはず。そして改めてデザイン改革がもたらした、今だからこそ考えるべき課題が各々に突きつけられたのだと自分は勝手に想像した。吉田氏が植村に聞いた「夢の話」はぜひ動画で聴いてほしい。今、生きていたらどうしていたのか、誰にも知る由はない。
…
そしてもうひとかた。
植村が二十歳そこそこの若かりし時から、晩年に至るまで友として親交の深かった大久保氏(新美容出版株式会社)。インタビュー時、カメラの遠く向こう側に植村を見ながらコメントする様子がとても印象的だった。本番用に3分間の尺で編集したが、数十分にわたり自分が知らない植村のことをたくさん話してくれた。「彼が今生きていたら、何をやってくれるんだろう」そこには大久保氏だからこそ感じる、叶うことのない期待感が含まれていたように感じた。
友として側にいた大久保氏はこう話す。「【DADA DESIGN ACADEMY】を開校し授業をやるようになって彼は変わったんですよ」自分の時間とお金を使って学びにくる、熱意ある全国の美容師の方達と接するようになって、植村の人との接し方や伝え方に変化があったように感じたそうだ。
本番では都合上3分くらいの編集だったのでが、今回はブログ用に少し長めの動画で編集した。
ぜひご覧ください。
バランス感に正解、不正解はない。
けれど、人の目は嘘をつかない。
それはフォルムとしての安定感ではなく
見るものの安心感や興味にまで影響する。
デザインには人が心地よく感じるバランスが少なからず存在する。
例えば、アシンメトリーの形態であっても
互いの重量がシンメトリーである時にできるバランスであったり。破壊する。
偶然を利用して想像する。
既に完成された物を、精神的要素を取り入れて別のものに変える。
そこに新しいバランスが生まれる。
…
植村が残したこの言葉の意味を選ばれし5名のアーティストは、どう解釈し、ヘアで表現するのか。
ハサミの入れ方、セニングの仕方、アプローチの仕方、スタイリングの仕方、ブラシの使い方、五者五様、それぞれの持ち味はここでも表現されていた。オープニングに引き続き、戦場のメリークリスマスの音が鳴り響く。勝手ながら、この音のなかでステージを見ると1998年のあの時のステージが頭をよぎってしまう。5人のそばでカットをしている植村がいるかの様だ。
おのおのが自分の時間で仕上げていく。言葉通り、「正解、不正解はない」。
何か違う、何かいい感じ、見る人によってどの様にでも解釈されてしまうのがデザインやバランスの難しいところ。だけど、5名のモデルのそのあり方はクリエイティブすることへの敬意すら感じる。何度も手を入れ、動かし、心地よいバランスを探る時間すらも心地よくなってくるようだ。
いろんなヘアデザインを見ることができたヘアステージだったが、いろんな言葉を見て、そして聞くことができたイベントだった。美容業界を盛り上げたいという愛から生まれる言葉、デザインと向き合った人にしか紡ぐことができない言葉があるはずだ。そしてクリエイティブを愛しているからこそ、強いデザインが生まれてくることを体現している様に感じた。
技術を深く追求することを忘れてはいないか、走り続けることを諦めてしまってはいなかったか、そんな問いかけが言葉ではなく会場を包み込む空気感として広がりを作り出していた。SNS全盛期、表面的な薄っぺらいデザインに踊らされてはいないか。いろんな情報や技術が簡単に見てとれてしまうこの時代に、美容師としての本質とは何かを改めて考えるいい1日になったのではないだろうか。
本気で向き合うことから遠ざかっていた自分を戒めながら、また明日からしっかりとデザインと向き合おうと思った。
いろいろなものを見たほうがいい。
人は五感を持っていて、それを意識している生命体は
人間だけの様な気がします。
普段はあまりにも視覚的な情報にだけ頼りすぎていて、
触覚や聴覚を使わなかったりする。
旅をすると、それを知ることができる。
それを知らされるのが、旅であるのかもしれない。
毎日、そんな研ぎ澄まされた環境で生活して、
その刺激を仕事そのものに活かすことができることが理想だと思います。
普段の生活で、いかに旅をするか。
どんな内容の一日をつくるか。
僕たちの世界は、そこに尽きるような気がします。
何かを探そうとして美術館に行っても、何も見つかりません。
目を閉じた時に浮かぶもの、デザインの答えは全てそこにあるのです。旅は続いてゆきます。
植村隆博
会場で湧き起こる拍手を聞きながら頭をよぎった言葉、
植村の好きな言葉で最後は締めくくりたいと思います。
「継続は力なり」
20:00
閉演
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文:川口 展弘
映像編集:西戸 裕二
写真協力:ガモウ関西
根岸 智宏
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