本物のハサミ

本物とはどのようなことか?
私達の仕事道具「ハサミ」
本物のハサミがあるからこそ
本物の技術が手に入る
本物を知らなければ本物を使うことができない
本物には本物である理由がある
本物の仕事には「こだわり」がある

2015年発行のD.D.A.フリーペーパー内記事より抜粋 ご注文はこちら

売れなくていいんです。
僕はただ、“いいもの”を
生徒たちに紹介したいだけなんです。

売れなくていいんです。僕はただ、“いいもの”を生徒たちに紹介したいだけなんです。

 市場に溢れる様々な種類のシザー。そのほとんど全てがステンレス製であるにも関わらず、高価な「コバルト」という素材にこだわった植村。現在のD.D.A.シザーは、どのような経緯を経て、今我々の手元にあるのか。

 これまで多方面から様々な取材依頼がきても全てを断り、多くを語らなかった有限会社オオカワの大川社長。KIKUシザーの、そしてD.D.A.シザーの品質を長年守り続けてきたその人に、今回はインタビューをお願いすることができた。DADA CuBiCスタッフですら誰も知らない、植村と大川氏の間で繰り返された試行錯誤。D.D.A.シザーが現在のカタチに至るまでの植村とのやり取り。その一部始終を、短い時間の中で語っていただいた。

 今から20年程前、ヴィダルサスーン全盛期の時代。当時の植村が愛用していたのは、サスーンオリジナルの4.5インチのシザー。そのシザーこそ、大川氏が手掛けたKIKUシザーだった。1997年に日本へ帰国した植村は、愛用していたシザーの作者である大川氏へ自ら連絡を取り、愛用していたシザーと同じコバルト素材でオリジナルシザーを作りたいと伝えた。当初から念頭にあったアカデミー設立に合わせ、オリジナルシザーが必要と考えたのだ。

 当時の様子を振返り、大川氏は言った。「話を聞き、私は反対しました。アカデミーの受講生へ販売するシザーに、高価なコバルト素材のシザーは販売価格も高くなり向いていない。ステンレス素材のシザーであれば、断然安く作れて販売価格もぐっと抑えられますよ、と。」しかし、植村はコバルトで作ることをどうしても譲らなかった。「売れなくていいんです。僕はただ、自分が使っていて“いいと思うもの”を生徒たちに紹介したいだけなんです。僕はこれで商売をしたいわけじゃない。」植村のその言葉に大川氏も納得した。「私も商売だけでシザーを作っているわけじゃない。ものを作るのが好きで、どうせ作るならいいものを、人に喜ばれるものを作りたい。そこに妥協なくこだわって、真摯にまじめに追及する... 美容とシザー、扱うものこそ違えど、そんなところが私の考え方と一致していたんですね。」そんな大川氏に植村はこう言ったという。「大川さんは職人ですよね... 僕も、なんですよ。」

 それから、二人の試行錯誤が始まった。まず、植村が大川氏に求めた条件がいくつかあった。

刃先の力・切れ味・軽い調子・永切れ

刃先の力・切れ味・軽い調子・永切れ

 ウェットカットもドライカットもこの1本でこなす為には、刃先の力が必要であり、また当然ながら切れ味も重要である。そして、毎日使用するシザーだからこそ、手首に負担がかからないよう軽い調子でカットできること、さらにそれらの使い心地、切れ味が永く続くこと=永切れ、これら4つが外せない条件として掲げられた。

 「この4つの条件が揃ったシザーは、もちろん理想的でしょう。でも、これらを全て兼ね備えたシザーを作るのが1番難しいんですよ」苦笑いしながら大川氏が続けた。「難しいことをね、植村さん、やさしい口調で簡単に言うんだよね。」しかしそんな要望こそ、大川氏の職人魂を駆り立てるひとつだったに違いない。

 大川氏がただただ植村の要望を聞いていただけかと言うと、そんなことはない。

 シザーを生み出す側として、美容師の使い勝手を考えて常に新しいアイディアを取り入れてシザーを作ってきた大川氏。そんな大川氏のアイディアの一つとして、今では当たり前となった「レスト」がある。ある日、美容師がシザーを使っている姿を見て「指を置けるものがあれば楽なのではないか?」との発想から、ネジ式の取り外しが可能なレストを作った。これがレストの始まりだった。レストが普及していない頃のサスーンシザーに慣れていた植村にとってそれは必要のないものであったが、これから使っていく人の為にはあった方が良いだろう、という大川氏の提案を受け入れた。しかし「指が引っ掛かる程度の出っ張りでいい」という植村の希望から、ネジ式ではなくハンドルと一体型のレストを採用。何度も何度もレスト部分を削り直し、植村の納得する長さ・カタチに近付けた。「もっと短くていいですね」そんな植村の要望に大川氏はさらにレストを削り、ようやくD.D.A.シザー特有のこのカタチになった。

 また、シザーの長さに関しても、大川氏は当時では長めの5.5インチを提案し、サンプルを用意した。しかし当時4.5 〜 5.3インチを愛用していた植村に5.5インチはやや長く慣れなかった為、もう少し短くすることを望んだ。ところが、大川氏もすんなりとは受け入れなかった。「刃が長い方が、手数が減って早い仕事ができる、時代も5.5だ。」そんな想いから、植村の意見との間をとって5.5インチより気持ち短い5.4インチにし、シザーの表示は5.5とした。(これまで、5.5インチだと思っていたシザーが厳密には5.4インチだったとは、我々も知らない事実だった。※OKAWA規格基準による採寸表示)

 D.D.A.シザーの特徴として更にひとつ加えたいのが、カンカンと心地の良い音がする金属製のポイントだ。通常はゴム製となっており音がしない作りになっている為、大川氏は「カット中にうるさくないの?」と疑問だった。しかし植村は、この音がすることによってカットのリズムが取れて良いのだと、説明した。この音で常に切るリズムと確かなカットの感触を確認していたということだろう。しかしその音も、ただ鳴ればいいわけではなかったようだ。

 「カチカチじゃなくて、カンカンがいいんです。」DADA CuBiCでは最早、当たり前となっている耳慣れた音。この音にたどり着くまで、大川氏はいくつものポイントを試作していた。ここにも植村のこだわりと大川氏の試行錯誤が詰まっていた。

 コバルトはその堅い材質故に扱いが非常に難しく、シザーとして加工できるのは大川氏の外には居ない。無論、コバルトシザーを研げるのも大川氏の他には居ない。D.D.A.シザーを製造元以外へ研ぎに出してはいけない、というのはその為だ。しかし逆に堅いということは、耐摩耗性に優れなかなか減ることがない、ということ。さらに、コバルトは時間が経過してもほぼ錆びることがない。耐摩耗性についても耐食性についても、ステンレスのそれを上回る。つまり、丁寧に大切に使っていれば、一生モノになるのだ。

 大川氏の手だけが生み出せるこのシザーは、その品質にとことんこだわる為シザーに使用される全てのパーツを自社生産している。それはつまり、小さなネジひとつとっても、もちろん先のポイントも、とにかく全てが自社製であり、本当の意味でMADE IN JAPANであるということ。(通常、ハンドルやネジなどはアジアからの輸入品を使っていることが多いという。)

 そこに大川氏の自信と誇りがある。「コバルトでシザーを作るのは、本当に繊細な技術が必要なんです。だから、体調の悪い時、気分が乗らない時は無理に作りません。ワガママに聞こえるかもしれませんね(笑) でも、無理に作ればそれは絶対に仕事に出るんですよ。無理しなきゃ生産が追いつかない程、大量に売りさばくつもりも無いんです。自分の身の丈にあった範囲で作って売る、それでいいんです。品質を守る為には、それが一番です。」

本物のハサミ

コバルトの希少化、そして東日本大震災。

コバルトの希少化、そして東日本大震災。

 「(加工をする上で)扱いにくい、という唯一の欠点を持つコバルトだが、近年その原材料価格が高騰し続け稀少化してしまい、ついにはこれまでの金額で販売することが困難となってしまった。そこでコバルトに替わる新素材として大川氏が数年間にわたり開発し続けていたものが遂に今年(2015年取材当時)から登場した。ドライコバルトだ。純度の高いコバルトと比べると若干、耐摩耗性と耐食性に劣る部分があるが、丁寧に使っている限り切れ味や永切れの点においては何ら遜色の無いできだ。しかしドライコバルト開発のそもそものきっかけとなったのは、原材料価格の高騰ではなかった。

 2011年3月11日。東北地方を襲った東日本大震災。被災地の美容師達に対して何かできることは無いのか... 。植村はずっと悩んでいた。人伝に耳に入る、被災美容師達の悩み。津波で店を無くし、何もかも失った人々。せめてシザーがあれば... 。そんな現地の訴えが耳に入ってきた。そこで植村は大川氏へ相談した。どうにか現地の美容師へシザーを届けられないだろうか。当初植村の考えには“シザーの無償提供”もあった。しかし、高価なコバルトシザーを何十人、何百人もの美容師達へ大量に無償提供することは無理がある。大川氏は阪神淡路大震災の時に同じような考えで研ぎの無償サービスを展開したハサミメーカーを知っていた。「“無償”ですからね... 結局善意で始めたその無償サービスの無理がたたってその会社は倒産してしまったんですよ。だからね、私は止めなさいと言いました。無償で物を提供したりサービスを提供することは、誰かがその分を頑張らなければいけない。それが無理の無い範囲ならいいけれど、少しでも無理があると長く続けてあげるのは難しいのです。それじゃ本末転倒でしょう?」大川氏の指摘に、冷静になった植村。そこで大川氏から提案したのが、コバルトと同じようなクオリティでもっと安価なシザーを開発することだった。

 これからまだまだ大変な時期が続くであろう被災地の美容師達が、10万円を超えるシザーを買うのは辛いだろう。「だからもう少し安価で、それでいて高品質なシザーを開発することを約束したのです。」それから4年弱、ついにそのシザーがカタチになった。「ようやく植村さんとの約束が果たせました。」そう言う大川氏だが、生前の植村に見せられなかったことを悔しがる。「もっと早く完成させられたら良かったんですがね... 」(実はこの二人の間の約束も、DADA CuBiCスタッフは誰も知らなかった。)

 先述の通り、ドライコバルトの開発中にもコバルトの価格は高騰し続け、稀少化していった為、いずれにしてもこれまで通りのコバルトシザーの提供が難しくなった現状に、図らずしてこのドライコバルトは救世主となった。D.D.A.シザーも今後、このドライコバルトのシザーで生産を続けていくことが決定した。

 人にも自分にもストイックな二人が、こだわって、こだわってできたD.D.A.シザー。これを知ると、D.D.A.シザー愛用者はまた違った愛着が湧き、より一層大切に使いたくなるのではないだろうか。

 大川氏が言った。「同業者でもお互いの仕事場や道具を見ればだいたい分かるんですよ。その人がいい仕事をするか否かが。仕事場や道具が汚い人は... 仕事も、その程度ですね。」どこかで聞いたような言葉だった。「道具や身の回りが汚い奴は、仕事も汚いんだよ。意識して環境を美しく保つこと。美しい環境でしか美しい仕事はできない。美しいモノも作れない。」植村がよくスタッフに言っていた言葉だ。やはり「職人」同士、作るモノは異なるものの、仕事をする上で見えているものは同じということか。

“いいモノ(=上質)”を知らない奴は
“いいモノ”を作り出すことはできないんだよ。

“いいモノ(=上質)”を知らない奴は“いいモノ”を作り出すことはできないんだよ。

 永く多くの人達に使われ続け、残ったものこそが「本物」の証だ。D.D.A.の受講生にはこの上質なシザーを是非、知ってもらいたい。そして、このシザーから是非“いいモノ”を作り出して欲しいと思う。

 約2時間、語り続けてくれた大川氏が最後に植村へ向けて言った。「私は植村さんの、いいモノを作ろうと目標に向かい、妥協しないひたむきで誠実な姿勢に最高の敬意を表したいと思います。」

 ちなみに今回はインタビューの他、普段は見ることのできないD.D.A.シザーにまつわるアレコレをご好意で見せていただくことができた。本文中に差し込まれた写真は、全て今回の為に特別に見せていただいたものだ。

 前のページに掲載されている銀色のマットな金属の塊。これこそが、今となっては超稀少な存在となっているコバルトだ。この状態ではまだ不純物と混ざっている為、精製しコバルトだけを取り出すという。

 隣ページのきれいに並んだレスト部分は、右から徐々に短くなっているが、D.D.A.シザーは特注の為、一番左の状態のものを右から2番目の長さまでひとつひとつ削ってこの形にしているという!

“いいモノ(=上質)”を知らない奴は“いいモノ”を作り出すことはできないんだよ。

 我々がシザーにこだわるように、大川氏も道具にこだわる。何十種類にも及ぶ道具は、驚くことに、その用途に合わせて自ら作り出しているものが多い。このページに掲載している木の棒は、シザーのゆがみを直す為のものだ。この2本を組み合わせてゆがみを取っていくが、人によってゆがみもそれぞれ異なる為、力の入れ方や、力を加える角度も微調整しながら慎重に行う。これらは、1本の角材から使いやすい形に削り出した手作りだ。

 我々が最も驚いたのは、この金槌だ。ここには写っていないが、シザーを作る際にはもっともっと様々な種類の金槌や木槌を使い分けるのだが、それらも全て手作りなのだ! 持ち手は写真のような角材から、やはりひとつひとつ削り出して作る。角材の種類によってその堅さやしなり具合も変わる為、栗やびわ、桜の木などとにかく様々な種類の角材を使用する。しかしそれらの角材はなかなか市販では手に入らない為、街路樹や山の中など予め目星を付けておいた木の所有者へ連絡を入れておき、剪定や伐採の際に不要な部分を譲ってもらう。つまり、生の木材を乾燥させるところから自ら行うのだ。

 そもそも金槌を自ら作る、という発想が素人には無いのだが、材料の仕入れからとなると、もうそのこだわりは想像以上だ。(ちなみに、木材の乾燥には5 〜 6年かかる。だから、10年後のことを考えて今から木材を用意しておくのだ。)金槌のヘッド部分は、やはり様々な種類の金属から必要な形へと1週間程かけてゆっくりと削り出す。金属は削ると熱を持つ為、その熱によるゆがみを避ける為に一気には削らない。他にも見せていただいた道具はたくさんあり、もちろん作業場にはもっともっとたくさんの道具があるだろう。

 それらのほとんどが時間をかけて作られた手作りの道具であり、その数々の道具から作られたのが、我々の道具であるシザーなのだ。何から何まで、正真正銘のMADE IN JAPAN。他にここまでこだわり貫かれたシザーがあるだろうか。本当に数少ない、貴重なものづくりの原点を見せてもらった。

本物のハサミ

何から何まで、正真正銘の MADE IN JAPAN。
他にここまでこだわり貫かれたシザーがあるだろうか。

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