deaign columu no.4『セニングなんて・・・』

deaign columu no.4『セニングなんて・・・』

まだまだ、とある分業制を行うサロンの話をさせて頂く。

人間の髪の毛をカットする為に必要な技術、ベースカット(GとLのコントロール)、似合わせ(顔周り)、セニング、2セクション、ディスコネクション、あげれば他にもあるのだろうか。それぞれに原理変則みたいなものがあるのだろうか。表面的にしか理解していない自分としては、「あるのだろう」というあやふやな考えしかなかった。
ここでサロンのトレーニングシステムの話に戻るが、10スタイルのチェックをうけたあとその総括となるベーシックテスト①が行われる。テストに合格するとヘアカタなどを用いたスタイルカットトレーニングが行われる。その後ベーシックテスト②、これは似合わせのテストだ。①②が終ると、実際に人頭へのカットトレーニングに入るわけだ。一つの疑問は、これまでGとLの原理についてはベーシックというくくりの中でコントロールすることを教えていく。では、セニングのベーシックというものはあるのだろうか。これまた自分がカッターではないという客観的な立場の意見として、この段階に入るアシスタントを対象に1度勉強会を開けば、まずは基本的な手の動き、立ち振舞、ハサミの使い方を共有できるのではないかと思った。この意見にほぼ全員が「そうだね」と賛同してくると考えていた。
だがそれは違った。
カッター全員が口をそろえて「それは必要ない」と言うではないか。カットをしていないといえども20年の美容歴のある自分としての感覚的な意見にだれも賛同してくれないのはある意味事件である。だがそれがなぜなのかを考えてみた。

自分のイメージとしては手始めに一括して学ぶことで技術の平均化、いやスタートラインを揃えることは集団教育の中では当然のことだという認識だからだ。ベーシックテストを終えたアシスタントには1人のカッターがマンツーマンでトレーナーとしてつくことになっている。カッター全員の意見は、つくトレーナーが教えればいいと言う意見、いや教えればいいという表現は間違いで、トレーナーなりのやり方と考え方で「1」から教え込むことがいいという考えである。「はぁー、なるほど」そういう事か、自分は「1」から教えるという言葉に共鳴できる感覚を持ち合わせていた。

落語家に弟子入りした前座が師匠の、話し方、息遣い、間のとり方を目で見て耳で聴き覚えて1人前になっていくということと似ているのだろうか。かの立川談志師匠は弟子たちに落語を教えるのではなく、家での下働きや付き人などをさせ下積みとして生活をともにすることで感じて覚えさせるということをしていたそうだ。さすがに今の時代住み込み修行をする美容師はいないと思うし今回のセニング問題とは少し違う話だが…。だけど アシスタントをスタイリストにデビューさせるということは 師匠が弟子にコーミングの仕方、ゾーンに対しての髪の毛の引き出し方、セニングのアングル、立ち方、ハサミの使い方、あらゆる癖や毛量に対し一つ一つを見て感じて覚えさせ、お客様を可愛くしていくことができるようにすることであると考える。これは落語家で言う「2つ目」(付き人、雑用をやる必要がなく独り立ちしたと認められた身分)に昇進させ弟子を世に送り出すということに他ならない。
何だか、カッターの話を聞いているとあることを思い出した。昔BOSS(カッターである)がミーティングでカラーリストの予約制限に関して話し合っている際に発した言葉である。「お客様を待たせるならホイルワークなんて先にアシスタントでもいいからやらせれば、いいんじゃないの!」これは、カラーリストに対する暴言である。その発言に対しすぐさま噛み付いた。小生、犬ではないが。「セニングをアシスタントにやらせることはないですよね?」一人一人違うヘアスタイル、クセ、デザインに対し軽はずみに発言したことに少々苛立ちを感じ言い返したのを覚えている。セニングとホイルワークはカットとカラーで異なる施術ではあるが、引き出すパネルに対しどれくらいの幅、厚み、重なりを作るかでデザインが変わってくるということにテクニカル的なつながりを感じる。数本の髪の毛を拾うか拾わないかでラインの太さの強弱が変わる。ラインとして見えるのか、ブレンドして見えてくるのか。頭のどこにホイルを配置するのか、角度をどうするのか、薬剤のレベル設定をどうするのか。カラーリストはそれらのバランスを考えコントラストをカラーデザインへと似合わせていく。これはセニングも然りではないだろうか。クセや毛量、太さに合わせセニングのピッチや角度が変わりその違いでツヤ感、束感などの質感に違いが出るのと同じように。カッターのいう理論では伝わらないセニングの仕方は、ホイルワークみたいなものなのだろうかとこの時感じた。
このミーティングを行っている最中に何が正しいのかはわからないままであった。シンプルに考えれば、答えは目の前にありそうなのだが、その目の前にある大きな答えという形をした物体は半透明なぼんやりとしたものに感じることができる。目の前にあるようでない、近いようで遠い、手を伸ばせば掴めそうなところにあるのに、けして届かない。答えを求めるからそう感じてしまうのだろうか。カッターの真意というのは正直なところカラーリストにはわからない。同じサロンで成長し、同じベーシックの道を通過してきたにもかかわらず、経験と時間の経過とともにそれは変化し新たなベーシックになり、新たな価値観を得てしまったのだろう。
言葉では説明できないものをいかに伝えるか、そしてそれをいかに掴み取るか、トレーニングというのはもはや教える側と教わる側の共同作業なのだろう。
よくよく見ると、このカッター5名もそれぞれ個性がある。その個性を引き継いだ、あらたなスタイリストになる人達がまた新たな個性を身に着け、そしてまた下に伝える。その無限の樹形図みたいなものがサロンというブランドや個性をつくり組織を大きくしてくれるのだろう。
前号に続き「とある分業制のサロンの話」を書いたが、このようなミーティングは話が尽きない。是非、みなさまもサロンに戻り、ベーシックとは何か?というミーティングをしてみるのはいかがでしょう。以外と隣にいるスタッフと多少の「ズレ」があるかもしれないですよ。


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