design column no.3『ベーシック再考、いやサイコー』

design column no.3『ベーシック再考、いやサイコー』

店長である自分は悩んでいた。

悩んでいたのは決して、売上げがなかなか上がらないとか、新規のお客様をどうやったら呼び込めるのかみたいな経営的なことではなく、スタッフの教育についてだ。
これから行うミーティングをやるべきなのか、必要のない事なのか、ぼんやりと考えていては何もすすまないと思い、意を決し教育に携わる5名を営業後に集めた。

「システムを作ることで物事のあらゆることが効率的に、円滑に進むと考える。」

あるスタイリストはうちのサロンにいる以上10スタイルをきちんと切れることは重要だと言う。ある人は10スタイルはあくまで通過ポイントでもっとモデルを切ることに時間を使うべきだと言う。ある人は分業を選択しないアシスタントたちには学ぶべきことはパーマやカラーもあるからカットのベーシックは6スタイルくらいにしてもいいのではと言う。 ある人は言う、ベーシックのスタイルをもっとソフトな切り口にしてソリッドでないナチュラルな作り方を覚えさせるといいと。人が集まれば、三者三様である。

これは、とある分業制をおこなう美容室の話である。(フィクションです)

サロンワークのあとに5名のカッター(サロンワークにおいてヘアカットをする人)が集まり、今後のサロンにおけるベーシック教育の話になった。なった、というよりは集まるべくして集めたという方が正しいだろうか。これは、スタイリストそれぞれの頭の中ではカットのベーシックというものが「こんな感じかな」という漠然としたイメージはあるにせよ、それが共有できていないために教育していくべきアシスタントの中に、そしてサロン全体の教育方針に「ズレ」が生じ始めているように思えたからだ。ここで一度「ズレ」の修正を行う必要があり、もっと効率的にスタイリストをデビューできるところまでもっていくという目論見みたいなものを持っていた。
ベーシックという考え方はどうあるべきか、この問題はサロンで教育を考えている方は必ずぶつかる壁ではないだろうか。それは教える側には確固たる原理に基づく理論がある。でも教わる側のアシスタントというのは、「世代」という時間の経過に伴い変化していく価値観や環境で、成長してきた人間なのだと思う。その変化に合わせていくことは、教育していく側にとっては考慮すべきことなのではないだろうか。
話を戻すが、とにかくカッター全員でベーシックのあり方を共有したい、それが今回の目的である。
現状、ベーシックのスタイルを10スタイルクリア(その際のチェックはアートディレクターによる)。ある程度、チェックするレベルはこれまでこのサロンが貫いてきた完成度よりも遥かに緩めてはいるが、それでもやはりバランス感覚や、完成度を求めてしまう部分が出てきてしまい、チェック終了を予定している年月よりをオーバーしてしまうというのが現状。結果的にはもっと早くデビューさせたいと思っているができていなということ。いざモデルのカットトレーニングに入ると、ウィッグトレーニングで培われてきたものが仕上がりの硬さとして露呈してしまっていること。個人的な意見としては、このベーシックを通過することが何かしらの弊害を作ってしまっているのではないかという疑念に抱かれていた。これはカラーリストとしての1意見なので、気にしないでほしい。
ここで言いたいのは厳しい目で見ることで遅れてしまうことが悪いということではない。原理の理解のさせかたがどうあるべきなのか、完成度を突き詰めることも時として大事だが、どのタイミングで行う必要性があるのかということなのではないだろうか。
自分自身、アシスタントのある期間、カットすることがとても楽しく、スタイリストのカットを見ていてあんなふうにカットできるようになりたいと思った。寝る時間をおしみ、見たい映画があってもカットをしたいと思っていた時があった。好きになるということはある意味、欲望のままにいきる獣のようなものへと変化させる魔法のようなものである。この欲求はトレーニングをしていく中でどのタイミングにおこるか正直なところはわからない。アシスタントのときもあれば、スタイリストになってからの場合もある。
トレーニングをする上でまず大切にしたいことは、いかに多くのお客様に支持され「かわいいスタイル」を作れるスタイリストになれるかが大前提であるということ。間違えていけないことは10スタイルのベーシックが決してウィッグをきれいに切れるためのトレーニングではないということ。それは、お客様の頭の骨格、髪質はそもそもヒトの指紋のように違うからだ。

スタッフ20人前後のサロンではある程度の道筋、いわゆるシステムが必要となる。落とし所はどこなのかを探すこと1時間。あーでもない、こーでもない、それぞれが考えることを口に出し意見が飛び交う。その意見を聞いているとシステムというものを必要だと強く考えていた自分がいないということにハッと気がついた。あまりにもシステム化することを最優先として考えていて、大切なことが何か、言葉にはうまく説明できないものが心のどこかにうかんだ。
ピーター・ドラッカーは言った。「組織にとっては、リーダーを育てることのほうが、製品を効率よく低コストで生産することよりも重要である。」ここで言う、リーダーはスタイリストのことだ。スタッフを製品扱いしているという意味では決してない事は言うまでもない。システム化された教育のなかで育つことは今の世の中当たり前のことだ。だけど、その中でも教育をする側であるスタイリストたちは、サロンとして集団である以上、同じ価値観を共有していなければ、大切にしている核としているものが崩れかけてくる。目指すべき方向性が同じ方を向いていなければ、教わる側に混乱が生まれる。 果たして明確なシステムができたのだろうか。それは、わからない。 数カ月後、数年後、デビューしていくアシスタントがその答えを教えてくれるはずだ。ただ明確なのは、教育する側がトレーニングの本質となる意識を共有することが大切であるということだ。
悩みは完全に解決したわけではない。ミーティングを思い返すと不確かな笑みみたいなものが出た。スタイリストそれぞれが通過してきたベーシックがあり、教育をする側になった時にあらためてベーシックを伝えることの難しさ、大変さを感じている。カラーリストとしての立場から、カッターが意見をぶつけあう光景を客観的に見ていると、こういうミーティングというものは実におもしろい。サイコーだ。
この辺でミーティングも終わりを迎えそうな雰囲気だが、そのベーシックのはなしの流れで、もう一つ抱いていた疑問を投げかけてみた。それはセニングについてだ。
川口         つづく


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