『手で作る楽しみ』

『手で作る楽しみ』

こんにちは、D.D.A.の西戸です。
今日はコラムから
『手で作る楽しみ』について
 最近、世の中で気になるもの(言葉)がある。一つは「便利」ということ。もう一つは「簡単」ということ。どちらもシンプルに向かうことには違いない言葉だ。「楽」という言葉とは少し意味が違う気がする。いくつか例えるとすると。小学生の時に配られる色鉛筆。私の頃は12色。頑張って24色が配られる。肌色やエメラルドグリーンなんて色も無い。なのでそのような色を表現したい時には緑や白、青など様々な色を薄く重ねて表現した。今の小学生は便利になった。24色どころか36色、48色の色鉛筆が配られる。エメラルドグリーンや肌色、金や銀なども存在する。色を表現するにはとても簡単になった。その反面、肌色(現在はうすだいだいorピーチ)が何でできているのか、どのような色を組み合わせたら良いのかわからない子供が多いみたいだ。便利になったことによって原点を知らなくなってしまうのだ。
 そんなことを思っていた時に幼稚園時代を思い出した。私が昔通っていた幼稚園がとてもユニークだった。特別な学校ではなかったのだが今思うと、とても特殊な幼稚園だったような気がしている。図書室や音楽室、図工室や粘土室があった。今でも覚えているものが2つある。1つ目は、粘土。粘土室に行くと先生が砂を水と混ぜて粘土を作っている。もちろん、時間がくれば子供なので粘土に夢中になり、人間や物を作り出す。人間の体を作る時は胴体を作り腕や足を付けていく。しかし、そのような作り方をすると注意される。「人間は一つのものからできるので一つの粘土を絞り出すように腕や足を作りなさい!!」と。当時は意味もよくわからずそのように作っていた。
 もう1つは、絵を描く時だ。絵の具で自由に描く時間がある。花を描いたり、空を描いたりと自由に描く。これも今でも覚えているが、木を描いていた時に私はまず初めに木を描く為に上から下へと描き出した。するとまた注意される。「木は土から上に生えていくから、描く時も土から生えるように下から上に描きなさい!!」と。これも当時はよくわからずそのように描いていた。
 どちらも今思うと、ものができる為の原理だったように思える。確かに結果的に粘土で人間の体ができていれば。確かに結果的に木の絵が描けていればいいのかもしれない。しかし、なぜそのもがどのようにしてできているのかを知っていて作るのと知らないで作るのは全く違うと思う。ものを作る過程(プロセス)が大切な気がする。便利になると何でもすぐに手に入るので簡単に感じる。今の時代だから少し原点に戻りたいと思う。
 以前、将棋、羽生善治名人の言葉を思い出す。「大切なのは過程です。結果だけならジャンケンでいい。」まさにそんな気がしている。
 今、ものを作るだけではなく、情報も便利になり簡単に手に入る。スマホやインターネットなど。情報が便利になる時代だからこそ、ものの原型を調べて実際に試してみるということが面白い気がする。情報がなかなか無い時、図書館に足を運び調べ物をしによく行ったものだ。調べていると飽きてきて他のものを見だす。すると思いも寄らない雑学に巡りつく。物珍しいのでとても新鮮に思えてきて新たに情報が生まれる。そんなことが興味をそそる。人間の脳は刺激、新しいものに敏感なようだ。今や当たり前になったインスタグラムも一枚の珍しい写真を探して見ている。どんどんスクロールしては新しいものの投稿を期待する。一枚の写真をじっくりと見ることが少ないのではないだろうか。世の中の情報が激しく入ってくる時代だから一つの情報に浸っている時間が少ない気がする。言わば「情報過多」という言葉だろう。
 例えば、音楽や映画もインターネットを通じて簡単に手に入る時代。音楽をダウンロードすれば1曲だけでも手に入る。CDの時代は、無駄にアルバムを買って目当ての音楽以外も手に入る。必要以上の楽曲を手にするので、どんな思いでアーティストがアルバムを制作したかを感じることができる。
 昨年、人気のあった「ボヘミアンラプソディー」。観た人も多いと思う。私も学生時代バンドをしていたのでバンドの面白さが懐かしい。クィーンのレコーディングシーン。マイクをぶら下げて録音するシーン。とても共感する。今ではハードディスクレコーダーが当たり前だが当時はテープ。しかも、一発取りがメイン。失敗しないように何回も練習をして行う。便利では無かった分、クオリティを上げる為に練習を重ねる。今は、失敗しても上手く加工する事ができて編集も可能だ。便利で簡単な反面、アイデアとクオリティを今の時代は求められているようにも感じる。
 便利で簡単になるのはとても良いことだと思う。原点を知って便利さがわかる方がものの引き出しが広がると思う。便利と感じる時こそアイデアがあるのではないか?と自分に問うようにしている。私たちの美容技術もそのように思う。今は、アイロンがあるからブローをする機会も減る。アイロンの質感しか知らないと引き出しはだいぶ狭い。ブローがあって、アイロンがあってデザインの幅が増えていく。カットもそのように思う。仕上がりだけ「おしゃれ」を求めているのであれば技術はいらないだろう。原理を知ってこそデザインをつくることが出来る。そして、今はセンスと技術の両方の力が必要になっていると思う。今では当たり前になっていることをもう一度振り返ってみるのもいいのではないだろうか?
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